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Ⅰ.生理・生態
1.生育習性
(1) 作物的特徴
1) 概要
・ファレノプシス(胡蝶蘭)は、主に東南アジアを中心とした熱帯雨林地帯に分布し、寒さに弱い植物である。着生の単茎性種(一本の茎が葉を出しながら伸び続ける)であり、自然条件では木の枝などに着生し1株のままで一生を終える。
2) 葉
・鉢栽培すると上方に向かって左右に交互に葉を展開し、好適な条件に置かれると、3か月に1枚ないし2枚の新葉を形成(実験結果では1ヶ月増えるごとに葉数は平均0.6枚、葉長は1.7cmずつ増加)する。展開葉面積の増加量は、8月頃が最も多いとされている。葉は最も光を受けやすいように出るが、鉢の置き方が定まらないと出葉方向は乱れる。
・鉢栽培で鉢の中がほどよく水分を含んだ状態にある場合、細葉で立葉の状態となる。空中湿度も重要で、葉がぴんと張った状態に保たれるためには、特に夜間は高湿度に保たれなければならない。一方、水分欠乏状態をきたすような状態では、葉を垂らし草姿を乱してしまう。
3) 根
・着生ランの根は5~10層からなる根被をもち、貯水の役割をもち、その内側の皮層部に葉緑素を含み、光合成をさかんに営むものがある。
・自然状態ではランは腐葉、腐熟したバーク(樹皮)、昆虫類の死がい、樹上を流れる雨水などから養分を吸収し、空気中からの水分を吸収している。
・ファレノプシスを水が少な過ぎる状態で育てた場合、根は細くなり本数が増え、多すぎる状態で育てると太くて本数が少なくなる。
4) 花茎
・ファレノプシスは単茎性のため分茎することはない。花芽分化条件が整うと、最上位展開葉から3~4節下の葉えきに花芽を形成し、花茎を伸ばす。
・花茎は最も強い光を受ける方向に伸び、陰があったり散乱光が多くなると花茎の伸長方向が乱れやすくなる。
5) 花
・花被は6枚からなり、外側3枚はがく片、内側3枚が花弁である。花弁のうち1枚は唇弁で、種類により色、形がいちじるしく変化し、花を美しくさせる要素となる。
2.開花生理と摘らい
(1)開花生理
1) 開花生理の基礎
・ファレノプシスの開花生理の基礎は単純で、25℃前後を境に、より低温条件では生殖生長を、高温条件では栄養生長を行なう。花茎は、株が25℃以下の低温条件に一定期間遭遇すれば発生する。
2) 光条件
・低温処理前の光条件によって処理の効果は影響を受け、低温処理前の日照が十分であった場合に花茎の発生は多く、日照が不十分な場合には花茎の発生部位は上位節に移動し、花茎発生数も少なくなる。
・また、低温感応中の日照条件も重要で、日射量が低下すると開花は抑制される。
3) 養分条件
・低温に感応して花茎が発生するためには、株があるていど充実している必要がある。
・窒素肥料がよく効いた状態においては、低温条件での花茎発生は抑制される。低温処理6~7週間前から毎週、窒素濃度280ppmの液肥(硝酸アンモニウム8g/l)を灌水した場合、花茎発生はほぼ抑制される。ただし、花茎が動き始めたものについては,窒素施用の花茎発達への抑制的効果は認められない。
(2) 摘らい
・花茎上のつぼみが大豆大になった時に摘らいした場合、新花茎の発生と開花にどのような影響を及ぼすかについて、日本大学の報告結果は次のとおりである。
① 摘らい処理を継続した花茎を株元から切除した時、新花茎は確実に発生し、約3.5か月後には開花した。
② 摘らい処理を継続した場合、花茎の発生は約10か月間顕著に抑制された。
③ 摘らい処理を続けた花茎を4月上旬と11月上旬に株元から切除しても、新花茎は切除120~130日後に開花した。
④ 従って、摘らいと摘らい花茎切除時期を組み合わせることによって、確実に良質な花茎が発生・開花することが認められ、計画的な出荷を行うことができる技術が確立される可能性が示された。
3.環境条件と生育
(1)温度
・温度の制御はファレノプシス栽培の基本技術であり、一定(20℃)以上の温度でありさえすれば、非常に育てやすい植物である。
・作物全体の生育を見た場合、バランスの良い葉の生長、根の伸長、分岐および根端緑色部の長さで見た根の活性が良好となる温度環境は、夜温18℃、日中温度26~30℃程度である。
(2)光
・ファレノプシスは、弱光性の性質を持つランなので、直射日光をあてると冬でも日焼けを起こしてしまうが、日焼けを起こさない程度の強い光を長時間(一日14時間程度)当てることが重要である。
・冷房効率を優先するため強遮光すれば、花茎の発生率は低下するので注意が必要である。
(3)湿度
・高湿度条件、特に夜間に高湿度を保つことが、ファレノプシスの生育促進には重要である。逆に、夜間が低湿度条件であると、体内から水分が蒸発し、株は著しく消耗する。
・夜間に高湿度に保つという意味では、灌水は夕方に行なうのが好ましいが、病害発生に留意しなければならない。
(4) 養分
・1997年に日本大学で発表されたファレノプシスの要素欠乏試験結果は次のとおりである。
1) 窒素
・窒素が欠乏すると展開葉数が少なくなり、落葉数がやや多くなった。展開葉面積も小さく、さらに1枚あたりの面積も小さくなった。また葉緑素濃度は明らかに低下した。しかし花茎発生に影響は認められなかった。根の生育はほとんど影響されないが、乾物生産量は明らかに少なくなった。
2) リン酸
・リン酸が欠乏すると落葉数が多くなり、展開葉数が少なく、欠乏症状は下位葉が最初に赤紫色を帯びて葉が上方にやや巻くようになり、葉先から黄変が始まって葉全体に広がり、ついには落葉した。この現象は下位葉から順に進行した。また新葉の1枚あたりの葉面積が小さく展開葉面積も小さくなって、乾物生産量は少なくなった。根の先端部分は枯死して、新根が再生しないため根数が少なく、根重も軽くなり、花茎の発生は強く阻害された。
3) カリ
・カリ欠乏は、展開葉数と落葉数は完全培養液区と変わらないが、展開葉面積がやや小さくなる傾向にある。根の生育はほとんど影響されなかった。乾物生産量はやや少なくなる傾向にあった。花茎発生に影響はみられなかったが、発生時期が早くなる傾向がみられた。また葉や根などに欠乏症状は発現しなかった。
4) カルシウム
・カルシウム欠乏は生育や花茎発生に顕著な影響は現れなかった。また欠乏症とみられる症状は発現しなかった。
5) マグネシウム
・マグネシウム欠乏では、展開葉数がやや少なくなる他は展開葉面積、根の発育、乾物生産ともに完全培養区に遜色なかった。花茎発生率には差がみられないが、花茎発生時期が明らかに遅くなる。また特に欠乏症状は発現しなかった。
(5) その他の環境要因
・ファレノプシスは通風を好み、通気は、微風が起こることにより植物の生理作用を活発にし、光合成や呼吸の効率が高まる。
・紫外線をカットした温室が一般的であるが、紫外線をカットすると徒長的な生長促進が起こるという説もある。
4.光合成
(1)光合成の特徴
・ファレノプシスはCAM植物であり、主に夜間にCO2を吸収するCAM型光合成を行なう。CAM型光合成とは、吸収したCO2は有機酸(主にリンゴ酸)の形にいったん固定され、夜の間は細胞内の液胞中に蓄えられ、昼間にその有機酸を液胞から出して細胞内で分解してCO2を発生させ、ブドウ糖-デンプンを合成する光合成の型式である。
・蒸散が多くなる昼間にはCO2を外気から吸収しないので気孔を閉じており、蒸散が少ない夜間に気孔を開くので、CAM型光合成を行なう植物は、体内からの水分の減少が少なく、乾燥条件への適応を可能にしている。
(2)温度との関係
・光合成に及ぼす温度条件の影響については、昼夜一定温度では20℃付近でもっとも高いCO2吸収がみられ、その前後での昼高く夜低い変温条件(25―15℃)でよりよい吸収がみられる。
(3)湿度との関係
・CAM植物のなかには、ある程度の乾燥条件でCAM型光合成活性が高まるものもあるが、ファレノプシスでは高まることはなく、乾燥条件では乾燥とともにCO2吸収は昼夜ともに減少する。したがって、通気がよく根腐れの危険性がなければ、水分は十分供給したほうが光合成に適しているといえる。
(4)光との関係
・70%程度の通常の遮光条件で長期間生育させた株では、光強度が150μmol/m2/s(この場合1.5万lxに相当)で、夜間のCO2吸収量は飽和状態となり、昼間の吸収も増加量が鈍るが、より強い光条件下で長期間生育させた場合には、より強光条件に適応して、より高い光合成活性を示すことになるとされている。
(5)日長との関係
・光合成に及ぼす日長条件の影響については、16時間程度の日長が最も1日を通じてのCO2吸収量が多くなるとの報告が多い。若い株で昼のCO2吸収が相対的に多くみられる場合には、日長は長いほどよい傾向がみられるようでもある。
(6)生育ステージとの関係
・葉齢・株齢については、若い葉では、昼の吸収量が多く、C3型光合成の傾向が相対的に強くみられ、光合成活性(単位葉面積当たりでの1日を通じてのCO2の総固定量)も成熟葉より高い。
・下位葉は上位葉の陰になるが上位葉と同程度の活性がみられており、下位葉は弱光条件へ適応しており、株全体のCO2吸収に重要な役割を果たしている。
・フラスコ内で光独立栄養培養している9か月程度の幼苗の場合にも、株全体のCO2吸収の日周変動は基本的には典型的なCAM型光合成のパターンであるが、相対的に昼間のはじめと終わりの時刻の吸収量が多く、C3型の経路での固定が強くみられ、その場合に、培養条件での強い光(70μmol/m2/s)やCO2施肥(1,500ppm)による昼間のCO2吸収量の増加が顕著にみられるようになる(夜:昼=3:5)ことが報告されている。
(7)栄養状態との関係
・窒素不足などで生育が悪い場合には、夜間の吸収があっても昼の固定が効率よく行なわれず、昼間に放出がみられることがある。
・弱光条件では施肥量にかかわらずCO2吸収量は低いが、強光条件下では施肥量の増加にともなって顕著にCO2吸収(特に夜間の吸収)が増加することから、施肥の効果は光強度が十分確保されていることとの関連が示唆される。
(8)生育状態との関係
・ファレノプシスでは、花茎発生のみられた株では、CO2の吸収能は高い。
・異なる肥培管理で生育に差がみられた場合、夜間の吸収量にはほとんど差がみられなかったが、生育の劣ったものでは、昼間にCO2の放出(葉面積当たり)が多くみられ、夜間に吸収したCO2を無駄に放出していた。
Ⅱ.栽培技術
1.主要作型
(1) 普通栽培
・ファレノプシスは秋の低温に感応し、数か月後の1月後半から3月に開花時期が集中するが、最も咲かせやすいこの時期は、需要が低迷する時期でもあるうえに、低温によって花もいたみやすい時期でもある。
・生産コストは低いが、営利的には魅力の少ない作型である。
(2) 山上げ栽培(促成作型)
・早めに自然条件を利用して低温を与え、開花時期を促進する方法である。
・花茎誘導に好適な温度、昼温28℃以下が得られる場所は山上げの適地であり、平地から中間地を経て高冷地に山上げすることによって、過度の低温にさらされることなく、自然の低温を利用した周年開花も可能である。6月下旬から9月まで高地で管理した場合、開花は数か月早まり、9月下旬からの出荷が可能である。
・自然の気候条件を利用しての管理では、低温障害の危険性もつきまとい、必ずしも予定どおりに花茎が誘導できるわけではない。
(3)冷房栽培(促成作型)
・高温抑制栽培あるいは他の抑制処理により花茎の発生を抑え、高温期の最も花芽分化しにくい時期に低温処理して、最もファレノプシスの咲きにくい時期(8~12月)に開花させる作型である。
・山上げ栽培に比べ、設備費、冷房費など生産費はかさむが、栽培管理が行ないやすく出荷計画は立てやすい。出荷時期は山上げ栽培のものと重なる。
(4) 高温抑制栽培(抑制作型)
・秋以降、最低昼夜温を28~25℃以上に管理して花茎の発生を抑制し、その後自然の低温を利用して花茎誘導する作型である。低温処理のスタート時期をずらすことによって、自然での開花時期~8月までの開花が可能となる。
・自然の低温で花茎誘導できる時期は、通常9~翌7月であること、開花までに4か月の低温期間を要することから、出荷予定日の4か月以前には低温処理に入らなければならない。
・抑制栽培では温室内の温度を25℃以上に保ち、自然開花を抑制する方法が多く用いられているが、25℃以上の処理を行っても開花を完全に抑制することは難しい。
(5) その他の抑制法の開発
・花序の切戻しと摘蕾処理、暗処理、植物成長調節剤処理、窒素施用による花茎発生の抑制など実用化までにはまだ解決すべき課題もあるが、花茎発生は高温にしなくともいろいろな方法で遅らすことができる。
2.育苗
(1) 苗の種類
・ファレノプシスの場合、苗・株の購入形態は、実生かクローンか、培養容器入りの苗かポット株かなどのほかに、どこの国から輸入するかの選択もあり、多様である。
1) 実生苗
・実生苗とは、人工交配によって採取された種から発芽して得られた苗をいい、花が咲くまである程度の予想はできるが、それぞれの個体により花の形や色は様々で個体差が出てしまう。実生苗のなかにはセルフ苗(ひとつの株の花粉を同じ株のめしべに交配させ取れた苗)やシブリング苗(別固体同士を交配させて取れた苗)と表記されたものがある。
・培養実生苗を導入する場合は、出荷予定数より多い苗を仕入れ、順次選抜廃棄する。培養容器の中で生育が速い個体は、その後の生育も同様に早いので、培養容器の段階でほかよりも大きい苗を選ぶことが、その後の生育期間を短縮するための必須条件となる。
2) メリクロン苗
・メリクロンとは、バイオテクノロジーの一つで、新芽の生長点を細胞分裂によって増殖する技術で、親株と同じ花、同じ性質のものが得られる。
・国内のファレノプシスの生産は、従来は実生苗がほとんどであったが、現在はメリクロン苗が多く、実生苗は品種を改良するための生産だけになりつつある。
(2) フラスコ苗の入手と管理
1) フラスコ苗の入手
・ファレノプシスの苗は、一般的にフラスコ苗で入手する。フラスコ苗は内部が無菌状態になっており、密封容器に入っているので直射日光には決して当てないようにする。
2) フラスコ苗の管理
・培養容器内から植え出す前に順化を行い、環境変化に速やかに適応させるようにする。順化の方法は、培養容器を培養室から温室内あるいはビニールハウス内に移動し、遮光された弱めの太陽光にさらしたり、昼夜の温度変化にさらすことで行う。昼夜の温度変化は培養容器内外の通気を促し、苗の光独立栄養化を助ける。
・かつては培養容器から出すときに水洗を行っていたが、水洗によって苗をいためてしまうため、培養容器から取り出して直ちに植え付けた方が、その後の生育は良好となる。
・病害の発生が懸念される場合は、細菌と糸状菌対策として、バリダシンとタチガレエースなどを混合して希釈した薬液に20分程度浸し、1~数時間程度乾かしてから植え付けを行う。
(3) 植付け
1) 植込み材料
・ファレノプシスの植込み材料として求められる特性は、根への酸素供給が確保されたうえでの培地の保水性であり、鉢容水量の多い素材(ミズゴケ、クリプトモス、粒状ロックウールなど)での生育は優れるとされている。
① ミズゴケ
・ミズゴケは、ファレノプシス栽培における標準的で最もよく用いられる植込み材料であるが、値段が高く、産地によって品質が異なったり、均一に植え込みにくく均一な水管理が困難であったり、フザリウム病の発生源となるなど問題も多い。また、ミズゴケ植え栽培では自動灌水は不可能で、1鉢ごとにチェックしながらの手灌水が前提となる。
・ミズゴケは、乾燥すると吸水性が非常に悪くなり、ほぼ完全に吸水させるには、間隔をあけて3回ほど灌水する必要がある。逆に、飽和状態まで吸水したミズゴケの含水率は高く、乾燥しにくい。また、ミズゴケは詰め込む固さによって吸水量が大きく変化するため、その管理には経験が必要となる。
② バーク
・最近は、ミズゴケに代わってバークでの栽培が標準的になってきている。
・鉢容水量が少ないバークでは、ミズゴケの場合と同様な灌水頻度では、灌水施肥時の肥料と水の培地への吸収が少なく、肥料の流亡も多く肥効が劣り、生育も劣りやすいので、灌水施肥の頻度を増やさなければならない。一方、バークチップなどは、植込みの固さの違いによる気相と液相の割合の変化が少なく、均一に植え込みやすい。自動灌水など一律な灌水管理によっても、培地中の気相率は一定に維持されるため、灌水頻度を多くする場合に適した植込み材料と考えられる。
・ファレノプシスは着生種であり、自然の中では植込み材料なしで生育する作物なので、栽培条件が調った環境であれば、ミズゴケ植えでもバーク植えでも生育に問題はない。
③ ピートモス
・2004年の玉川大学の研究結果によると、ピートモスでの生育は劣っていたが、他の培地(ロックウール、スギガワ、ヤシガラ)ではミズゴケの生育とほとんど違いが認められなかったとされており、2016年のソウル女子大の研究結果によると、コチョウランの栽培にピートモスを含む培土を用いることで、生産者はより安価な培土で葉の成長と蕾の形成を促進することができ、結果的により高い収益性を生み出しうる可能性があるとされている。
2) 栽培容器
・プラスチック鉢、素焼き鉢のいずれでもファレノプシスの栽培は可能であるが、鉢の特性が異なるため栽培管理も異なる。
① 素焼き鉢
・素焼き鉢では、鉢内の水分と肥料は鉢壁からの蒸発に伴って鉢壁へ移動し、鉢内は乾燥しやすく肥料の過剰障害も起きにくく病害や根腐れなどの発生は少ない。逆の見方をすると、水分欠乏、肥料欠乏になりやすく、生育速度は遅くなる。
② プラスチック鉢
・プラスチック鉢は、鉢壁からの水分の蒸発はないため、肥料は鉢内に残存し、鉢内温度は上昇しやすい。また、鉢壁からの酸素供給はないので、鉢底からの通気性が確保されるようにしなければならない。
・プラスチック鉢では、植込み材料を乾燥させると鉢内で肥料が濃縮され、濃度障害の危険性が増すので、施肥濃度は素焼き鉢の場合よりは低濃度とし、たっぷり灌水施肥し、鉢内に集積した肥料は流し出すようにする。
3.施肥
・ファレノプシス栽培では、鉢、植込み材料、灌水方法など栽培条件が異なるため、施肥灌水処方の基準を一律に示すことはできず、従来、ファレノプシスには決まった施肥基準がなく、経験的な施肥が行なわれていた。
(1) 考慮すべき要素
・ファレノプシスの施肥について考えるときには、もともと植込み材料に含まれる成分と、水に含まれる肥料成分を考慮しなければならない。水には地域による違いはあるが,無視できない量のNa+Ca2+,Mg2+,NO3-,SO42-,Cl-などが含まれる場合があるので、多く含まれる成分は肥料から減量しなければならない。
・バーク、ヤシがら、固く詰めたミズゴケ、素焼き鉢植えなど乾きやすい状態では、施肥濃度は高くなる。また中国産ミズゴケの場合は、ミズゴケ自体からの窒素(NH4-N)の供給がかなりあるため、この点を考慮した施肥管理が必要となる。
・ただし、ファレノプシス自体が施肥に対して比較的許容範囲の広い植物の可能性があるともされている。
(2) 適切な施肥量と時期
1) 適切な施肥量
・施肥量が不足する場合は、根は健全に生育するが、新葉の展開速度の低下、葉の緑の淡色化、下葉の落葉など窒素欠乏症状が発生する。施肥量が多い場合には、根の生育が抑制され、過剰の場合には新根の先端が生育を停止する。葉も緑を保ってしかも根も健全に伸長を続けるような状態が、適切な施肥量と考えられる。
・灌水を兼ねて液肥を施用するのが、培地内の肥料環境を施肥処方に近い状態に保つために最も適した方法である。植物のようすを観察しながら施肥処方を変化させることにより、その効果を確認しやすい。
2) 施肥のタイミング
・ファレノプシスの普通栽培における生育と花茎発生を両立するためには、4月から窒素施用して夏期の全窒素含有率を約1.5%以上確保することが必要であり、また花茎発生を遅延させないためには、7月以降に窒素施用を打ち切るかまたは、施用濃度を低くする管理が必要である。花茎分化後の発達段階に窒素施用を続けたものでは、開花数に影響はみられないが花茎が軟弱になる、折れ曲がりやすい、切り花にすると花茎切断部が腐敗しやすく結果的に花持ちが悪くなるなど、悪影響がみられるからである。
・栄養成長期から生殖成長期に移行する花茎誘導の段階で、窒素濃度を下げる,リン酸主体の施肥に切り替える、カリ濃度を高めるなどという根拠のない施肥管理が実際栽培ではよく行なわれているが、通常の施肥(窒素25ppm、リン酸12.5ppm、カリ25ppm)で問題がないことが確認されている。
・水ゴケ・素焼き鉢で栽培している生産者の場合、N:P:K=10:10:10の液体肥料を5000倍程度に希釈してかん水がわりに与えている例が多い。
4.苗育成段階の管理
(1) 植替え
1) 植替えの流れ
・培養容器出し後は、①寄せ植え、連結ポット、あるいは1.5~2号単鉢に植え、②2.5~3号鉢へ移植し、③3.5号鉢への定植、が標準的である。概ね4か月間の栽培を目安にして、定期的に早めに植え替えることがファレノプシス栽培のポイントである。
2) 植替え時の注意点
・植替えの時はかん水せず、葉に噴霧するだけにする。その上、床面に打水したり、容器に水を貯めて室内の湿度を極力高めるようにすると新根の発生が早くなる。新根が発生してから十分かん水する。
3) 植替えのリスク
・ファレノプシスの生育のためには植替え回数が多いほうがよいが、栽培管理の手間、植えいたみによる病害発生のリスクを考えた場合は、植替え回数は少ないほうがよい。
・移植の遅れで根が鉢の外に伸び出した株では、植替えの手間が余分にかかるだけでなく、植替えに伴う根いたみによって生育が遅延し、移植後に病害が発生しやすい。
(2) 温度管理
・育苗期間および基礎栄養生長期間の花茎誘導は必要ないため、昼温の栽培適温は28℃以上と考えられる。ファレノプシスの場合、昼間の温度が30℃以上になっても目立って生育が衰えることはないが、葉は細長くなる。
・夏の高温時には、葉水を与えて強制的に葉温を下げることも必要となる。
(3) かん水・湿度管理
・CAM型光合成を行なうファレノプシスは、乾燥条件に置かれても枯れることはないが、乾燥条件では生育は著しく抑制される。特に夜間に乾燥すると二酸化炭素の吸収が抑制され、生長も抑制される。
・根腐れを防止するために鉢の中を一度乾かし、その後、鉢の中の空気を入れ替える意味も含めてたっぷりと水をあたえるのがポイントである。鉢への灌水は1週間に1~2回でよいが、暖房期間中は夜間の湿度維持のため、棚下への灌水は頻繁に行なう必要がある。
(4) 光強度の調節
1) 光強度
・ファレノプシスの好適な光強度(光飽和点)は、1~1.5万lx前後と考えられていたが、4~5葉をもつ株の場合は、下葉への光の当たり具合も影響するため、好適な光強度は4~5万lx前後に上昇する。
・二酸化炭素の吸収が光合成の限定要因にならないような場合は、ファレノプシスもかなり強い光条件に耐えられるようである。
2) 光管理
・実際の栽培条件での光管理は、①下葉にも光が差し込むような樹姿に育てること、②光飽和点が高くなるように管理し、光飽和点附近の光条件でできるだけ長時間管理すること、などが重要なポイントと考えられる。
・①の観点からは、立葉品種の選定とともに、水欠乏にならないように管理し、立葉になるような栽培管理が重要であり、また直射日光だけではなく、反射光、散乱光なども有効に利用した管理が要求される。
・②の観点からは、前日の夜間に十分に二酸化炭素を吸わせることが重要で、そのためには夜間に高湿度が維持されなければならない。
・いかに一年中を通し、光強度を一定にするかがファレノプシス栽培の最大のポイントの一つで、理想的な遮光管理をコンピュータで行う生産者が増えている。
(5) 二酸化炭素施肥
1) 二酸化炭素施肥の効果
・冬期間と夏場の冷房期間のように密閉条件に置かれる場合、二酸化炭素施肥は有効で、生育が促進されるとともに花の日持ちがよくなり、鉢もの、切り花の品質は上昇する。
・栄養生長後期と花成誘導期ともに炭酸ガスを施用した場合、開花株率は高くなり、小花数が多くなるなど品質が向上するとともに、開花までの所要日数が短くなる。
2) 効果が出ない場合
・一般的には、二酸化炭素の吸収が多ければ光合成量も多く、ファレノプシスの生育は促進されると考えられるが、必ずしも生育に結びつかないと思われる現象も見られることがある。葉あるいは花茎からの蜜の分泌はラン科植物ではよく見られるが、現象的には光合成で固定したエネルギーが、生長に有効に使えない状態(温度,肥料,水不足など)に陥っているものと考えられ、このような場合は効果が出にくくなる。
5.開花段階の管理
・ファレノプシスは、極めて花が咲きやすい(咲かせやすい)植物であり、高温抑制と冷房処理を組み合わせれば計画的な周年出荷が可能である。
・自然開花のピークは1~2月になるが、この時期は花持ちも悪く需要も少ないため、価格は低迷する。他の洋ランの出荷状況、花持ち(品質)などを総合的に判断すれば、ファレノプシスの出荷時期は4月以降11月までに絞られ、冷房処理が可能な場合には、まず出荷予定時期を決めて、そこから遡って苗の導入を行なうことになる。出荷時期は早めることは難しいが遅らすことは容易であるため、現実的には余裕をもって栽培計画を立てるのが望ましい。
(1) 開花処理
1) 開花誘導
・本葉が5~6枚の株を開花処理に移す。極端な環境変化(温度、光)は生育停止、花茎発生率の低下をもたらすので、気温が高い時期にあっては、段階的に温度を低下させ、最低温度は18℃程度に留める。咲かせたい時期の4~5ヶ月前に冷温室に移動させて開花調節を行う。周年出荷するには2週間周期で花芽分化処理を行うと平均した出荷が可能となる。
・冷房効率を増すために強遮光を行なうと、花茎発生率が減少するなど弊害をもたらす。冷房能力が不十分な場合には、冷房空間を狭める、冷気を株のまわりに集めるなどの工夫をして対処する。
・花茎発生後、花茎を早く伸ばしたいときは22~25℃で管理する。高温で管理すれば花茎は伸びていくが、1日の温度変化(日格差)がないと細胞が正常に分裂できず、花茎1本当たりの花の輪数が減ることになるので注意する。
2) 開花
・品種にもよるが、3~5日で一輪づつ咲くので、10輪の花が咲くのは最初の花が咲き始めてから一ヶ月以上必要になる場合が普通である。
・あまり輪数が多いものを咲かせると最初の花が咲いてから二ヶ月必要になったりし、出荷後に最初に咲いた花がすぐにしぼんでしまう危険性が生じるため、蕾の数を調整することもある。
・一般的にファレノプシスの鉢もの栽培における2.5号苗から開花に至る苗損失率は約30%程度といわれている。
(2) 誘引と仕立て
・花茎が20cm程度になったら支柱で、あるいは上部から引っ張って誘引する。強引な誘引を行なった株や、根いたみが大きい株では落蕾しやすいので注意する。
・開花し始めたら寄せ植えなどの最終仕立てを行なう。
(3) 出荷
・花がある程度咲いてきたらバランスよく寄せ植えにする。現在の流通形態は寄せ植えがほとんどであり、3株、5株のパターンが一般的で、ほとんどの場合アーチ状に花茎を曲げ、花の並びを整えて、ボリューム感を付けて仕立てていく。形が決まったら、暖かい温室に移し8分咲き程度まで咲かせて出荷する。
・温度が十分な時期には蕾で出荷しても開花するが、低温の場合は開花しないので、咲ききったものを出荷する。蕾は急激な湿度変化(乾燥)によっても落ちやすいが、有効な対策はない。
6.施設の概要
(1)温室
・温室は、年間を通じて27℃~32℃を保てる育成室(育苗室)と盛夏でも夜温18℃、昼温27℃に維持できる開花室(開花冷温室)の二種類を設けるが、周年出荷を行なう場合は、二室ずつ以上設けて栽培ローテーションを組む。育成室はフラスコ苗やCP苗などの幼苗、あるいは中苗を導入して成苗までに育成する温室、一方開花室は成苗を低温に遭遇させ花茎形成を促進させる温室である。育成室と開花室を同一棟内に設ける場合は間仕切りを設置し、それぞれが独立した環境条件になるよう、換気窓や内部カーテンなどの付帯設備は部屋ごとに設置する。
・苗はトレイに置き、トレイはベンチに並べる。固定式ベンチの有効栽培面積が約60%であるのに対して、移動式ベンチは通路部分を少なくできるので有効栽培面積を75~80%程度に高めることができることから、ベンチは手動の移動式ベンチとする方が有利である。
・床面は通路部分のみコンクリート打ちとし、ベンチ下は土面とする(乾燥を避けるため全面コンクリート打ちは行なわない)。
・夜間に二酸化炭素施用を行なうので、温室自体の気密性も重視する必要がある。温室方位は南北棟とする。
(2)コンピュータ制御システム
・コンピュータ、コントローラ、センサの三要素からなるコンピュータ制御システムを設置する。
・コンピュータは温室内外気象データと機器動作のモニタリング等、コントローラは温室制御と異常状態の検出、センサは制御動作のもとになる基本的情報を得る役目を担う。
(3)付帯設備
・コンピュータで制御する付帯設備は、暖房機、冷房機、換気窓モータ、内部カーテン、除湿機、二酸化炭素施用装置、液肥作製装置、自動かん水装置などである。
1) 暖房機
・暖房機は、穏和な加熱を行なうため、熱源の制約などがなく温室規模が小さくないかぎり、ボイラーおよび温水配管暖房方式を採用する。配管はフィン付放熱管(エロフィンパイプ)を壁面付近に、フィンなし放熱管をベンチ下に配管する。
・最近のファレノプシス生産者では、内張のしっかりした温室内の天井部近くに温風がでるようにして、内張の天井からベンチ上までを加温し、ベンチ下は加温しないという方式を用いている。
2) 冷房機
・冷房機は開花室のみ設置するが、夏期昼間の冷房負荷が冬期夜間の暖房負荷を大幅に上回るため、暖冷房兼用機は用いない。通常は床置き型パッケージエアコンなどを用い、ポリエチレンダクトをベンチ下および空中に配管する。
・近年は、冷房機による冷風は天井部からではなく床部から出し、ファレノプシスの株付近まで冷房して、株より上部の空気は必要以上に冷やさないといった方式に変わりつつある。
3) 換気窓モータ
・換気窓は通常の温室栽培で用いるモータを使用する。天窓は東西別モータとする。
4) 内部カーテン
・内部カーテンは開花室では3軸3層カーテン、育成室では2軸2層カーテンとする。被覆材の材質は、開花室の内部カーテンでは最上層と中層、育成室の上層を遮光と保温兼用フィルム、それ以外を保温フィルムとする。育成室はできるだけ明るくするが,葉焼けを防ぐため内部日射に応じて遮光カーテンを展張する。開花室では冷房効率を高めるため,冷房中はカーテンを展張する設定値が自動的に高めに切り替わり,冷房中でない場合よりも早めに遮光が行なわれるよう制御する。
5) 除湿機
・除湿機は、除湿能力と温室容積から機種選定を行なう。除湿機は二酸化炭素を施用するさいの送風機としても利用する。開花室では冷房機のポリエチレンダクトを利用し、育成室では除湿機自体にポリエチレンダクトを配管する。湿度が高いと花弁にシミが発生しやすく,極端な場合は一晩で全滅するおそれもある。そこで開花室,育成室ともに除湿機を導入し,適湿を保つよう湿度制御を行なう。
6) 二酸化炭素施用装置
・二酸化炭素施用は液化二酸化炭素ボンベに電磁弁を取り付けて行なう。施用は除湿機を送風機として用い、温室内へはポリエチレンダクトを通して送風する。施用は日の入時刻以降ある程度時間が経過してから開始し、日の出時刻の少し前までに行なう。二酸化炭素濃度はセンサで計測し、オンオフ制御で電磁弁を開閉して、二酸化炭素ボンベからの生ガスを放出する。温室内に拡散するよう、除湿機または冷房機を送風機として利用する。
7) 液肥作製装置
・液肥作製装置は、液肥タンク、濃縮肥料タンク、酸タンク、アルカリタンク、ポンプ類、EC計、pH計より構成される。液肥タンクに注水する原水は軟水機を通し、カルシウムおよびマグネシウムイオンを除去する。液肥のEC(電気伝導度)とpHを測定し、濃縮肥料、酸、アルカリを液肥タンクに追加する。
8) 自動かん水装置
・自動かん水装置は、かん水ポンプで各鉢に液肥タンクの液肥をかん水する。かん水のタイミングは苗トレイの重量をロードセルで測定して判断する。
・ほかに、コンピュータで制御しない付帯設備として、外部遮光装置、薬剤散布装置、攪拌扇などがある。
7.病害虫
・カビ(糸状菌)が引き起こす病気は、発病後完治させるのは困難なので、発病以前の予防が大切な作業となる。カビ類は土や靴の裏を通して広まるケースが多く、栽培場の土をクリーンにするとともに、枯れ葉などの除去、外部からの持ち込みを防ぐなど、発生リスクの低減を図る。
・1か月半~2か月に一度は予防のため定期的に殺虫・殺菌・殺ダニ剤を混合して散布する。さらに,病害虫が見つかった場合はすぐに薬剤を散布する。
・薬剤散布は薬害の発生に注意し,かん水の後で行う
(1) 糸状菌による病気
1) 炭そ病
①発生の仕方と病徴
・葉に発生する。はじめ淡褐色の小さな円形斑点ができる。やがてこの斑点は拡大し、径1~3cmの円形または長円形の淡褐色もしくは暗褐色の病斑となる。隣接する病斑が融合して不整形の大型病斑となることもある。病葉はやがて黄変して落葉する。古い病斑をルーペで見ると、黒いつぶつぶ(分生子層)が多数生じているのが認められる。大型病斑では、黒いつぶつぶは輪紋状に整然と形成される。
②発生しやすい条件
・温室の衛生状況が悪く、しかも通風・換気が不良だと発生しやすい。日焼けや肥料不足など管理が不適切の場合にも発生しやすい。
③予防法
・温室内の清掃に努める。落葉などは病原菌が付いていて伝染源となるので放置しない。ファレノプシスは葉焼けを起こしやすいので、適正な遮光(夏は70~80%,春秋は50%)を行ない、葉焼けを予防し健全に育てる。温室内の通風と換気に努め、多湿を避ける。
2) 灰色かび病
①発生の仕方と病徴
・はじめ開花直前のつぼみに水浸状の小斑点を生じる。小斑点はつぼみの開花に伴って拡大し、径1~3mmの褐色円形病斑となる。病斑は多くの場合褐色だが、紅色系の花では退色斑点となることがある。花弁に小斑点を生じる病気は灰色かび病のほかには見当らない。
②発生しやすい条件
・温室栽培では、冬を中心とした低温の時期に長雨が続いたり、通気不良などで多湿の状態になったりすると発生しやすい。このような時期に、灌水の水が花弁にかかると多発しやすい。温室内の衛生不良は伝染源を保つことになり、発生しやすくなる。
③予防法
・温室内の通風・換気に努め、適温で管理する。開花時には、湿度を70~80%程度に保つ。開花中の花に灌水の水がかからないように注意する。温室の清掃に努め、病葉・病花などは見つけしだい摘除し、焼却する。
・薬剤による防除適期は開花以前の予防である。症状がでてしまっては手遅れである。
(2) 細菌(バクテリア)による病気
・軟腐病や褐斑細菌病などの病害は、過湿条件、根傷みや急激な環境の変化など株にストレスがかかると発生しやすい。このため,植替え後は注意が必要であり,病害発生のおそれのある株は早めに処分する。
1) 褐斑細菌病
①発生の仕方と病徴
・はじめ水浸状の小斑点が葉の中央や基部などに現われる。小斑点は急速に拡大するとともに淡褐色になり、やがて葉の全体に広がる。病葉が下葉の場合は、その葉は腐敗・枯死して脱落するが、新葉の場合は、さらに内部に腐敗が広がり、ついには株全体が腐敗して褐変枯死する。
②発生しやすい条件
・換気不足で施設内の湿度が高くなる冬期から春先に発生しやすく、いったん発生すると灌水のたびに急速にまん延する。病株などの伝染源が温室のなかにあると、植替えの際に蔓延しやすい。
③予防法
・発病後の防除は難しいので、予防が大切である。温室内の通気と換気に努め、過湿を避ける。温室内には常に空気が流れていることが望ましいので、ぜひとも数台の扇風機を設置して、強制的に通気をはかるべきである。灌水は晴天の日の午前中に行なう。
・室内の伝染源をできるかぎり排除することも必要である。発病株は健全株から隔離するか焼却処分する。病斑の認められる葉は切り取って焼却する。新葉の基部まで侵された株はただちに焼却処分する。
2) 軟腐病
①発生の仕方と病徴
・葉と根が侵される。はじめ葉の基部に水浸状の斑点が生じる。この斑点は急速に拡大し、数日のうちに株全体が淡褐色になって軟化・腐敗する。腐敗株は独特の悪臭を放つ。やがて腐敗株から内容物が流れだし、乾いて紙のようになる。
②発生しやすい条件
・高温多湿の温室で発生しやすい。ナメクジの被害の多い温室では発生しやすい。夏に植替えを行なうと発生しやすい。
③予防法
・植替えの際には傷をつけないように配慮し、植替え後は新しい根が生えてくるまで灌水をひかえめにする。夏の高温期には植替えをしない。温室内の通気と換気に努め、過湿を避ける。数台の扇風機を設置して、強制的に通気を図るべきである。灌水は晴天の日の午前中に行なう。温室内の伝染源をできるかぎり排除することも必要である。発病株は焼却処分する。高温室では、葉が徒長しやすく、軟腐病などの病害が発生しやすいため、株間をあけ十分光線を当てる(目標3万lx)。
(3) 害虫
1) オンシツケナガコナダニ
①発生の仕方と被害のようす病徴
・ファレノプシスの蕾と花に被害が現われる。蕾では、しだいにふくらんで割れ目がみられるころ、黄変あるいは退色すると同時に生気を失い、しぼみ、のちに落下する。開花した花では、間もなく生気を失い、花弁がしおれ、ひどくなると落花する。このような症状の現われた蕾や花にはオンシツケナガコナダニが蕾や花の内部、特に花粉塊の周辺に侵入、寄生している。
②発生しやすい条件
・明らかにされていない。
③予防法
・オンシツケナガコナダニは花茎や支柱を伝って蕾に侵入するとみられることから、花茎や支柱の下方にシリコングリースなどの粘着物を塗布すると、コナダニの侵入を阻止することができ、蕾と花の被害を軽減できる。ただし、効果の持続期間はせいぜい1か月で、日数の経過により粘着性が低下すると効果が落ちる。両面テープの効果はほとんど認められていない。
2) ナメクジ類
①発生の仕方と被害のようす
・ナメクジ類の被害は、ファレノプシスでは地上部から根に至るすべての部分に及ぶが、特に萌芽直後の新芽や発根初期の根の先端部分は一夜にして食い尽くされてしまう。未熟な花茎も、先端、中間を問わずナメクジ類の食害により穴があいたり、途中から折れたりする。花弁や蕾や葉では、不整形の穴があいたり、端の部分から食われて欠損したりする。多湿の温室では、ナメクジ類の食痕から細菌が侵入し、軟腐病など細菌性の病気が発生することがある。ナメクジは夜行性なので、昼間は見つからないことが多いが、被害株の葉や鉢などに白く光ったナメクジ類の這い跡が残されている。
②発生しやすい条件
・排水不良などで絶えず多湿の温室は発生しやすい。そのうえ、棚下や温室周辺などに鉢その他の資材を置くなど、ナメクジ類の隠れ場所が豊富なところでは発生しやすい。温室周辺に雑草や落葉などが多く、ナメクジ類の棲息場所があるところも発生しやすい。
③予防法
・温室内の除草と清掃に努めるとともに、通風と換気をはかる。排水をはかり、絶えず水の溜まるようなじめじめした場所をつくらないようにする。ナメクジ類は銅イオンを嫌うことから、温室に銅線を張るなどの方法も効果が期待できる。温室の周辺の整理と除草・清掃に努め、ナメクジの隠れ場所をつくらないようにする。
3) ナガオコナカイガラムシ
①発生の仕方と被害のようす
・株元や葉の裏、あるいは新葉の周辺、ときに花蕾や花梗に真綿状の白いカビのようなものが付着する。これはコナカイガラムシの分泌物で、その中に白いロウ質物で覆われたコナカイガラムシが見える。被害株は生育が衰える傾向がある。
②発生しやすい条件
・ヤシ類、ソテツ、熱帯果樹などを温室に持ち込むと発生しやすい。
③予防法
・温室の通風・換気に努め、密植を避ける。コナカイガラムシの寄生を認めたら、歯ブラシや先の丸いピンセットなどで、葉を傷めないように注意しながら払い落とす。
8.経営上の課題
(1) 国際リレー栽培のメリットと課題
・日本の生産者が国際リレー栽培を行うことのメリットと課題は次のとおりである。
(2) 冷房経費
・愛知県のような暖地においては、開花のために、昼間25℃以下、夜間18~21℃の温度を保つためには、4月~9月は冷房する必要があり、温室全体をヒートポンプを用いて冷房している。そのため、坪あたり約8千円と多大な冷房費がかかり、経営を大きく圧迫している。
・実用的な局所冷房を可能にするには、75~85%遮光した夏期の昼温35℃以上となる温室内において、25℃以下の温度を保つ、すなわち10℃以上温度を下げることが要求される.
(3) コスト削減
・ファレノプシスの生育期間はほかの花き類に比べて1年から1年半と長く、かつ苗のコストが高いため、①生育期間の短縮、②花成誘導に対する温度感応性を高めて誘導期間を短縮すること、また不開花株を少なくすること、③冬季の自然開花を抑制し、この期間の開花調節の確実性を高めること、などがコスト削減にとって重要である。
・花茎発生に対する温度感応性は冷房処理前の光環境によって大きな影響を受け、光が十分にあり乾物生産量が多い場合にその温度感応性は高くなる。すなわち、栄養生長期間中の光合成活性を高く維持することが、誘導期間を短縮し、不開花株を少なくする。