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Ⅰ.ホウレンソウの概要
1.ホウレンソウの導入
(1) 栽培面での特徴
・栽培にかかる所要期間は、比較的高温期で1カ月、低温期で2カ月程度である。
・ホウレンソウは、酸性に弱いこと、根が深く入ること、湿害に弱いことから、これらの解決が良質なホウレンソウを収穫するポイントである。
・栽培面でのポイントは、作型に合わせた品種の選定と土壌中の窒素含量に合わせた施肥設計を行うことである。
(2) 経営面での特徴
・ホウレンソウは収穫後萎凋しやすいことから、消費地近郊での周年栽培が有利である。
2.来歴
・ホウレンソウの原産地は、アフガニスタンやトルコ、イランなどの西アジア地域といわれ、そこから東西に分かれて広まった。
・中国方面に伝わったものは「東洋種」で、ヨーロッパへ渡ったものは「西洋種」となり、それぞれ環境の違いにより形や風味が少しずつ変化していった。
・西洋種は、11世紀頃にスペインで栽培が行われていたといわれ、16世紀にはヨーロッパ中に広まったと考えられている。
・東洋種は、7世紀頃にシルクロードを経て回教徒により中国へ伝わり、その後、華北から中国全土に普及した。
・日本へは、16世紀頃に中国から、葉に切れ込みのある剣葉の東洋種が渡来した。
・林羅山の「新刊多識編」(1631年)には「菠薐」「菠菜」「赤根菜」とホウレンソウのことが記されている。
・西洋種のホウレンソウは、文久年間(1861~1863年)にフランスから伝来し、明治以降、欧米諸国から色々な西洋種が導入されたが、日本人の嗜好に合わなかったことからあまり普及しなかった。
・戦後、緑黄色野菜が尊重されるようになり、アニメ「ポパイ」の影響もあり、品種改良も進んだことで栄養価の高い野菜として消費が急増した。
・現在は、西洋種と東洋種を交配した一代雑種が主流となり、全国各地で栽培されている。
3.分類と形態的特性
(1) 分類
・アカザ科ホウレンソウ属の一年草(または二年草)である。
(2) 種子
・ホウレンソウのタネは、種皮に含まれる休眠物質の働きにより、一定の期間休眠をする性質がある。
(3) 根
・ホウレンソウは、直根性の根が深く入り、土壌条件が良いと播種後70日で縦に1.2m、横に90cmにも達する。
・根の生育適温は25℃前後で、34℃以上になると障害が発生するが、低温には比較的強く0℃でも根は伸長し、-10℃以下にも耐える。
(4) 花芽分化と抽苔
・ホウレンソウは、一般に長日条件で花芽ができ、抽苔が起こりやすくなる。
・高温 ・低温・乾燥・肥切れ、根傷み、生育徒長等の生育上のストレスも抽苔を助長させる原因となる。
・短日でも花成はゆっくりと進むが、長日になるほどそのスピードが高まる。
・栽培の成否は、抽苔までに株が収穫可能な状態まで生長するかどうかにかかっている。
4.生育上の外的条件
(1) 温度
・タネの発芽適温は15~20℃で、最低4℃は必要である。
・生育適温は、15~20℃と低く、10 ℃程度までよく生長し、積算気温650~700℃程度で収穫期に達する。
・光合成の適温は18~20℃である。
・高温には弱く23℃を超えると生育が抑制され、25℃以上で土壌水分が多い場合は立枯病や株腐病が多発し、高温乾燥条件ではウイルス病の発生が多くなって栽培が困難となる。
(2) 水分
・ホウレンソウに適した地下水位は60~100cmで、やや乾いた状態がよい。
・過湿に弱いことから、排水性の悪いほ場では高畝にする。
(3) 光
・光補償点は20~24℃で1.5千ルクス、光飽和点は2.5万ルクス程度で、比較的弱い光で光合成を行うことができる。
・ホウレンソウは長日植物であるが、日長が短い時期に栽培した場合でも、夜間に20~40分程度光が当たると抽苔が起こるので、外灯などの夜間照明にも注意する必要がある。
・寒冷紗被覆等により光度を弱めると、ビタミンC含量が低下するといわれている。
(4) 土壌
・特に酸性に弱い作物で、pHが5.0付近になると生育が著しく劣り、立枯病的な症状を示す。
・一般には砂壌土が最も適している。
・根が深いので、耕土が深く、保水性、排水性の良い土壌が望まれる。
5.品種
(1) 品種の選定
・ホウレンソウでは長日で抽苔が促進されるので、作型に適応した晩抽性の品種を選ぶ必要がある。
・低温期には低温伸長性の高い品種を、高温期には徒長しにくい品種を選ぶ必要がある。
(2) 主要品種
・北海道で作られている主な品種は次のとおりである。
1) ブライトン(サカタ)
・極晩抽、極濃緑の春夏用多収型品種。
・播種適期が広く比較的耐暑性も強いので、高冷地ではでひと夏を通すことが可能で、多収性を重視する産地に適した品種。
・立性で草姿がよく、収穫作業性に優れている。
・葉は極濃緑、平滑な広葉で葉先がややとがり、浅く欠刻が入る。
・根傷みによる葉の色抜け症状に非常に強いので、露地でも良品が収穫できる。
・収穫後の品質劣化が少なく、日もちが非常によい。
・べと病R-1~4に抵抗性、萎凋病に耐病性がある。
2) カイト(サカタ)
・極晩抽、極濃緑の多収型品種。
・高冷地の6月まきに特に適しており、在圃性は極めて高いので大面積での栽培に向いている。
・立性で草姿がよく、葉軸が折れにくいため収穫作業性に優れている。
・葉枚数が多く葉軸が太く充実し、収量性が高い。
・比較的平滑な広葉で葉先がややとがり、浅く欠刻が入る。
・収穫後の品質劣化が少なく、日もちが非常によい。
・べと病R-1~8に抵抗性、萎凋病に耐病性がある。
3) SC7-405(サカタ)
・極晩抽、極濃緑の多収品種
・高温期の発芽が良く、初夏播きに最も適する。
・葉色は極濃緑で光沢があり、立性で収穫が容易である。
・葉は平滑で極浅い欠刻が入り、根張り良く多収である。
4) サイクロン(トーホク)
・極晩抽、極濃緑で中葉、株張りの良い多収品種。
・草姿は半立生で葉軸太く柔軟性があり、収穫作業性が高い。
・業務用として一般的な出荷基準である草丈40cmまで抽苔しない。
・平滑な大広葉で葉先はややとがり、浅く欠刻が入る。
・べと病R-1~5に抵抗性がある。
5) 冬霧7(寒締め/渡辺採種場)
・濃緑で低温の遭遇による糖度の上がりが早い品種で、食味が優れている。
・葉は丸葉で適度なちぢみがあり、葉色は濃緑で「朝霧」より葉が小さく、葉数が多く葉色が濃く光沢がある。
・べと病R-1~7に抵抗性がある。
6) 朝霧(寒締め/渡辺採種場)
・極早生で株張りが良く、耐病性が強い寒締めに適した品種。
・濃緑色の幅広い丸葉で欠刻はなく、葉面が適度に縮れる。
・光沢が良くて葉肉も厚く、他種に比べて鮮度保持が特に優れる。
6.作型
・北海道における主な作型は次のとおりである。
(1) ハウス(早春~晩夏まき)
・2月中旬~8月下旬は種、4月中旬~10月中旬収穫
(2) 寒締めハウス
・9月中旬は種、12月上旬~3月上旬収穫
Ⅱ.ホウレンソウの栽培技術
1.畑の準備
(1) pHの矯正と土壌改良
・pHは、6.2~7.0が最適で、これを目標に酸度矯正を行う。
・特に酸性に弱い作物で、pHが5.0付近になると生育が著しく劣り、立枯病的な症状を示す。
・酸性害は根の先端から褐変し、株全体が黄化する。
・ただし、ある程度の酸性であっても、カルシウムの飽和度が高ければ生育に悪い影響は出にくく、pHが中性に近くてもカルシウムの飽和度が低い場合は、生育に悪影響が出る。
(2) 堆肥の施用
・10a当たり完熟たい肥1.0~1.5tの施用が望まれる。
(3) 輪作
・ホウレンソウは、比較的連作障害の出にくい作物とされているが、連作障害を回避し高品質のホウレンソウを生産するために、完熟堆肥の施用と深耕などの土づくりに努め、萎凋病等の土壌病害の発生に留意する。
2.施肥
(1) 肥料の吸収特性
1) 総論
・ホウレンソウは作期が短く、周年栽培、連続栽培が行われるために、土壌中に肥料分が残存、集積しやすい。
・耐肥性は強いが、ECが1.5mS/cm以上になると発芽障害、生育障害を起こしやすい。
・肥料の利用率は露地栽培の場合、窒素40~50%、リン酸5~10%、カリ60~70%であるのに対し、ハウスでは窒素50%、リン酸15%、カリ80%程度である。
2) 窒素
・ホウレンソウは特に硝酸態窒素を好む作物で、葉茎に多く集積される。
・窒素の過剰は葉茎が繁茂して受光が悪く、光合成の低下によりビタミンCやβカロチン含有の低下を招いたり、病害虫に侵されやすく日持ちが悪くなる。
・葉中の硝酸含量については、土壌中の窒素含量が多いほど葉中の硝酸含量が高くなり、窒素とカリの濃度を低くしてカルシウム濃度を高めると、硝酸含有率は低下する。
・また、追肥により硝酸含有量は上昇し、遮光により著しく増加する。
・硝酸態窒素濃度と収量には負の相関が認められ、硝酸態窒素濃度が20mg/100gを越えると収量が低下する傾向にある。
・栽培期間中の硝酸態窒素の濃度は、0~30cm深で10~20mg/100g程度が適正と思われる。
・窒素が欠乏すると、徐々に淡緑色になり下葉から黄化する。
・ただし、黄化後も新葉は緑色が残ることが多い。
3) リン酸
・地上部に比べ、地下部はより発達した根群をもつので十分なリン酸の供給が必要である。
・トルオーグリン酸で200mg/100g以上になると、生育や収量に負の影響が現れる。
4) カリ
・カリは初期生育を順調にさせ、窒素過剰による生育阻害をある程度緩和できる。
・カリが欠乏すると、下葉の先端もしくは周辺部から黄化し、葉縁部に斑紋状にネクロシスを生じることもある。
5) その他の要素
・ECが高くなると、カルシウムやマグネシウムの吸収が抑えられ、ミネラル含量が減少する。
・石灰過剰や乾燥土壌では、ホウ素欠乏が発生しやすい。
・苦土の飽和度が30%を超えると根の活性が低下する。
(2) 施肥設計
1) 考え方
・基肥主体に全層施肥し、後半からは窒素を特に効かせなくてよい。
・ホウレンソウは、生育期間が短い野菜なので、元肥のみの施肥で十分である。
・生育日数が30日程度と短い作型では全量基肥とし、生育日数が長い作型や目標収量が多い場合は(窒素とカリの一部を)追肥する。
・酸性を嫌う作物なので、硫安、過リン酸石灰などの生理的酸性肥料の使用は避け、尿素やヨウリンなどの中性~アルカリ性の肥料を用いる。
・ECが高かったり、前作の影響で残効が大きい場合は、追肥重点の施肥とし初期の生育障害を回避する。
・ECが0.5mS/cmを超えているときは減肥を行わなければならない。
・2作目以降は、残存を考慮し不足分のみを施用する。
・一例として、作土に硝醜態窒素が7mg/100gある場合は窒素成分で3 kg/10aを施用する。
・土壌の硝醜態窒素濃度が20mg/100g以上の場合は,窒素施用を行わない。
2) 施肥設計(例)
区分 | 肥料名 | 施用量(kg/10a) | 窒素 | リン酸 | カリ | 苦土 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
基肥 | NS262 | 80 | 9.6 | 12.8 | 9.6 | 0.0 | ・2作目からは土壌残存窒素量に合わせて減肥する |
合計 | 80 | 9.6 | 12.8 | 9.6 | 0.0 |
(3) 塩類集積対策
1) 肥料の施用量を減らす
・耐肥性は強いが、ECが1.5mS/cm以上になると発芽障害、生育障害を起こしやすい。
・塩類濃度障害は、濃緑色となりわい化し欠株を生じる。
・ECが1.0mS/cmを超えているときは塩類濃度障害を疑い、基肥窒素成分で0~2kg/10aで栽培する。
2) 不足する養分のみ施用する
・リン酸、石灰、苦土が多いほ場では、硝安(硝酸アンモニウム)や硝酸カリなどを使用する。
3) クリーニングクロップを作付けする
・窒素、リン酸、カリを除去する場合は、ソルゴー等のイネ科作物を作付けし,クリーニングクロップごとほ場の外に排除する。
・カルシウムを除去する場合は、アブラナ科作物(ナバナ、コマツナ、カブ等)を作付けする。
4) 粗大有機物を施用する
・稲わら,籾がら等の粗大有機物を400~600kg/10a施用する(多施用しすぎると、一時的に窒素飢餓が生じるので施用量を守る)。
3.播種
(1) は種方法
・種皮に含まれる休眠物質を流れ出させて発芽を促すために、タネは水に漬けてからまく(ネーキッド種子の場合、催芽は不要)。
・種子は低温より高温で発芽率が低下するので、高温期は遮光資材などを利用して地温を下げるようにする。
・発芽を揃えるため、まき床を作る際にはできるだけ表面を均一に整地する。
・ホウレンソウは、適温下であれば明暗いずれの条件でもよく発芽するので、軽く覆土した後、薄く敷きワラをする。
(2) 栽植密度
・条間15~20cm、株間5~7cmのスジまきとする。
4.管理作業
(1) かん水
・タネまき後は水をタップリやるとともに、発芽までは土の表面が乾燥しないよう注意する。
・発芽から本葉4枚展開までは、立枯性病害の発生を防ぐため、水やりは控えめとする。
・その後、草丈10~15㎝くらいまでは、生育の均一化を図るため適度にかん水する。
・カイトやブライトンなど徒長しづらい品種は、通常よりやや多めにかん水し生育を促す。
(2) 間引き
・揃いのよい株を作るために、発芽間もない時期に込み合っている所を間引き、その後、本葉1枚のころ2~3cmに、本葉4~5枚のころ4~5cmに間引きする。
(3) 遮光
・夏まきの場合、気温や地温の上昇を防ぐため30~50%の遮光資材を用い,屋根ビニールの上に被覆する。
・通常、被覆は発芽時までとするが、遮光率20~30%であれば発芽後も被覆できる。
(4) 追肥
・生育初期に子葉長が短く、葉色が淡い場合は早急に追肥を行う必要がある。
・降雨による肥料流亡などで葉色が淡くなったときは、1%尿素の葉面散布を行う。
・台風などで損傷を受けた時は、0.5%尿素の葉面散布を2~3回行うと回復が早くなる。
(5) 寒じめ栽培
・寒じめ栽培は、収穫期に達したホウレンソウを寒さにあてて、甘みやビタミンを豊富にさせる技術である。
・栽培方法は、収穫期にハウスを開放する以外は、通常栽培と同様である。
・ホウレンソウが収穫できる大きさになったら日中ハウスを開放し、寒さに慣れるまでは夜寒く風が強い時はハウスを閉める。
・ハウスの開放を始め1週間程度経過すると寒さに慣れるので、その後は1日中ハウスを開放する。
・ただし、最低気温が-5℃以下の時、風雨や風雪の時は閉める。
・ハウスの開放を始め2週間程度経過すると糖度等が増すので糖度を測定し、目標値になるまで開放を続ける。
・開放期間が1か月を越えると古葉の黄化などが見られるので注意する。
・寒じめ栽培を行うと生育が緩慢になり、夏場のように一斉収穫する必要がなく、随時収穫できる。
5.主な病害虫と生理障害
(1) 病害
・北海道において注意を要する主な病害は、萎凋病、株腐病、立枯病、根腐病、斑点病、べと病、モザイク病などである。
(2) 害虫
・北海道において注意を要する主な害虫は、アザミウマ類、アシグロハモグリバエ、アブラムシ類、コナダニ類、シロオビノメイガ、ヨトウガなどである。
(3) 生理障害
・主な生理障害は、石灰欠乏症、黒汁症などである。
6.収穫
(1) 収穫適期
・収穫時期の目安は,茎葉の長さが25 cm程度になったときである。
・目標の大きさになった株から順次収穫するのが理想であるが、次の作業性を考慮する場合、一斉に収穫する。
・播種から収穫期までの期間は品種、季節等によって異なるが、ハウス無加温周年栽培では春・秋は50~60日、夏は25~30日、冬は60~70日が目安となる。
(2) 収穫方法
・収穫作業は、朝露が消え葉が乾き次第、気温の低い早朝に収穫し、調製・袋詰め、箱詰め後はできるだけ早く予冷庫に入れて、鮮度保持を図る。
・収穫作業は、茎葉の折れに注意しながら包丁や鎌等で根を1cm以上残すように切り取り、株元を揃えて収穫コンテナ等に入れ、直射日光に当てないように作業場へ運ぶ。
・運んできた株は、出荷規格に合わせて分別しながら子葉と下葉は取り除き、根を所定の長さに切りそろえ、計量後根元を揃えて、袋詰め、箱詰めを行い、目標品温3士2℃、目標湿度90~95%で予冷する。